« で、MS IGLOOの登場兵器 | メイン | その後のBBB9900 »

2012年05月31日

ぱみゅぱみゅレボリューション(きゃりーぱみゅぱみゅ)

ystk(中田ヤスタカ)の真骨頂のひとつは言葉のミニマル化にあると思っている。

歌詞の意味性を意味が通るギリギリまで、あるいはギリギリ意味不明になるまで(笑)削り取って、バックトラックとの融合を図りつつ、実際聴いてみるとテーマ性みたいなものが浮かび上がってくる作りの楽曲に佳作が多いような気がする。

perfumeで言うと「世界が変わる」とさんざん煽り立てておいて何が変わるのか結局何も言わない「コンピューターシティ」とか、ただのクラブ対応と思いきや、いきなり「誰でもいつか死ぬ」とか言い出す「edge」なんかが該当するだろう。
ああ、ポリリズムも当然そうだね。
(ここで「575」持ち出して、俳句とystk的ミニマル歌詞との相似性とか長口舌をぶちかますと腐れサブカル野郎っぽくて非常にいいのだが自粛w)

capsuleについては枚挙に暇なし。個人的好みで言うと「jelly→」とか。

ダンス音楽については、単純なフレーズのループの気持ちよさみたいなのがあるみたいなので、それを言葉の分野に拡大したと思えばいいんじゃないかね←実はよくわかってない。

で、きゃりーぱみゅぱみゅ。
基本的にはystk的かわいい全開。若干コミカル寄り。バックトラックも無駄にキラキラしてるし。

きゃりー自身のパブリックイメージが「ちょっと(だいぶ?)変わったかわいい子」なので、そのイメージ通りと言ってしまえばそれまででもある。

歌はわりと歌えてると思う。
若干音程がふわふわするが、それも少女性の表現だろう。

冒頭の「言葉のミニマル化」に立ち戻ると……まあ自明だよね。説明するだけアホに見えてくるんじゃねえかと不安になるわけだが。

たとえば、「つけまつける」に関して言うと、他の子がつけているつけまつげを羨ましがる女の子心理から始まって、つけまつげを心を明るくする「つける魔法」と定義している。
他の作詞家なら、下手すれば朝起きて顔洗ってファンデーションを塗るところから始める歌詞を書きかねなかったり、まつげの先に涙がどうのこうのと言い始めかねないところ(っていうかそれ「マスカラまつげ」(ドリカム)だろ)だが、ystk的ミニマリズムにおいてはそんなもん知ったこっちゃなくて、だから私は「つけま」を「つける」のだ、と言う結論を力の限り繰り返すのである。

単純な言葉遊びの楽しさを追求しているだけだったり、断片化された言葉の表象性だけを利用してるだけかも知れないし、それらをきゃりーの少女らしさの表現の方法論として用いているだけかも知れないが、どっちにしてもそれが中田ヤスタカ式ダンスポップへのアプローチなのは間違いないだろう。

で、ystkは別にそれしかできない訳じゃなくて、そういうのが好きで、ときどきやらないと気が済まないんだよねきっと(笑)。

最近のPerfumeさんの曲は歌詞にちゃんと意味があって普通のポップスみたい(おい)なので、ystkさんストレスためちゃってたんじゃねーかと邪推したりするし、俺はystkの「意味」の潔いぶん投げっぷりがかなり好きなので、正直ニヤリとしている。

って言うか、perfumeやcapsuleの場合、どっちかと言うとハードなイメージの演出のために使う手法なので、少女性の表現と言う真逆のベクトルで使ってるのだとしたら、きゃりーぱみゅぱみゅの音楽性と言うのは、実は相当ダークなんじゃないのか(笑)。


採点は5ぱみゅ。
これだけ考えさせられれば十分おもちゃとして優秀。言ってみりゃパズル。

投稿者 ushila : 2012年05月31日 18:47

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.torihan.com/mt/mt-tb.cgi/1306

このリストは、次のエントリーを参照しています: ぱみゅぱみゅレボリューション(きゃりーぱみゅぱみゅ):

» シャネル ピアス イヤリング from シャネル ピアス イヤリング
何でもは知らないわよ。役に立たないことだけ。: ぱみゅぱみゅレボリューション(きゃりーぱみゅぱみゅ) [続きを読む]

トラックバック時刻: 2014年03月03日 19:44

» プラダ from プラダ
何でもは知らないわよ。役に立たないことだけ。: ぱみゅぱみゅレボリューション(きゃりーぱみゅぱみゅ) [続きを読む]

トラックバック時刻: 2014年03月11日 03:12